©Saloje
Edit & Text / 岩田なおみ
Photo / 江坂文孝(対談・ポートレート)


カトレヤの花に導かれ新しい挑戦へ。松坂屋名古屋店に展開された花の作品を作家とともに巡り、込められた思いを聞く。


現代美術家の藤原更さんと松坂屋名古屋店のコラボレーションプロジェクト「Timeless Colors MATSUZAKAYA NAGOYA x Sarah Fujiwara」が、2025/2/19(水)より2025/4/8(火)まで開催されました。テーマは長年にわたり松坂屋を象徴してきたカトレヤ。「蘭の女王」として知られている花です。これまで『記憶の花』や『Melting Petals』などの展覧会で、移ろう存在の本質を捉えるような作品を発表してきた藤原さんは、今回、どのようにカトレヤと向き合い、表現してきたのでしょうか。「ビジュツヘンシュウブ。」主宰の「フクヘン。」こと鈴木芳雄さんが藤原更さんにインタビューをしながら作品の制作背景に迫りました。

前編では松坂屋の館内12ヶ所に点在する作品をご案内いただきながらお話をうかがい、後編では会議室に場所を移し、藤原さんのアーティストとしての道を振り返ります。

展示の依頼は昨年7月!    カトレヤを求めて東奔西走

①1階入口©︎Saloje.jpg 2.43 MB1F正面入り口 ©︎Saloje

藤原:展示のお声がけをいただいたのは、松坂屋名古屋店の担当の方がヤマザキマザック美術館での展覧会「記憶の花」を見てくれたことがきっかけでした。昨年7月に依頼があり、カトレヤの花をテーマにするということで、今回すべて撮り下ろしました。

鈴木:カトレヤの花はいつ咲くんですか。

藤原:春夏秋冬、カトレヤの種類によって異なります。スケジュールの都合で2月には設営をしなければならなかったので、それに間に合う秋咲きの花を撮影し制作をしました。撮影は9月の終わりから始めたのですが、昨年は異常気象の影響でなかなか花が咲かず、沖縄で咲いているという情報を得て現地へ飛んだのが11月末です。そこで自然の中で咲くカトレヤを撮ることができました。カトレヤ自体フリルが美しいので、フリルを表現に取り入れたインスタレーションを考えました。

鈴木:作品の手前にマネキンが立っていますが、その服は変わるんですか。

藤原:変わります。お洋服も展示の一部として松坂屋さんが作品に合わせたものを用意し、少し前にはわざわざパリから取り寄せてくださったものもあります。

松坂屋とのコラボレーションで新しい素材の活用も

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鈴木:上から下がっている、このストリングスみたいな素材にプリントしているんですね。

藤原:この場所は入口に近くて風が入ることがわかっていたので、糸状の素材を使ったインスタレーションで木々の上で風に揺れるカトレアの花を抽象的に表現しました。こういう形の展示は初めての経験ですが、今回のコラボレーションを機に、今まで自分がやったことのない展示をしてみたい気持ちがありました。

鈴木:このストリングスはいくつかのパーツに分かれてるんですね。

藤原:12箇所に分かれたパーツを組み立てています。これが松坂屋全館の中で最も大きなインスタレーションとなり、沖縄の雄大な自然の中で力強く咲いているカトレアの花の姿を感じてもらえればと思います。ストリングスも最初はもっと真っ直ぐだったのですが、展覧会が始まってから時間がたっているので、どうしてもよれてきますね。

鈴木:櫛でとかすとかするといいんですかね。

藤原:そうそう、櫛でね。ここが入口のメインのインスタレーションですが、ファサードにも展示されています。

③ファサード展示©︎Saloje.jpg 2.28 MBファサード展示    ©︎Saloje

鈴木:あの上から下がっているフラッグが作品ですね。

藤原:本当はフィルム状の素材でやりたかったのですが、百貨店という場所のため、展示の制限も多くて、実現しませんでした。

鈴木:防災上の問題とかあるでしょうね。こっちのほうがいいかもしれない。フィルムだと安っぽくなる。

藤原:はい、透け感がありながら素材自体の存在感と色再現もよく、屋外での展示にもむき、こちらのほうが良かったと思います。自分ひとりで展示をするのとは違って、松坂屋さんのおかげで新しい素材を色々と使用することができました。

カトレヤという新たなテーマと向き合う作品制作(地下通路にて)

④地下前期展示©︎Saloje.jpg 2.29 MB   
鈴木:あれが地下の展示ですか?

藤原:はい、地下鉄矢場町駅から松坂屋へと続く据付のショーウインドウです。松坂屋名古屋店大規模リニューアルに際して、「新記憶」というテーマがあります。地下から店内への導入として時間の流れを感じさせる作品を制作し展示をしました。メッセージにも書いてありますが、展覧会のタイトル「Timeless Colors」は「時を超える色彩」という意味を持っています。かつてカトレヤはとても流行をした花でした。今の若い人たちはカトレヤという花自体知らない人が多く、カトレヤの花をたくさんの方々に知ってもらいたい、という思いがありました。高級な花というイメージですが、今は品種改良もされ様々なスタイルのカトレアが生まれているので、生活にあわせて楽しむことのできる花になってきたと思います。

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鈴木:作品は店内に点在してあるんですね?

藤原:全部で12ヶ所あります。展覧会のお話をいただいたときには、制作日数が短いにも関わらず広い展示箇所が多く唖然としましたが、次第に挑戦できるという喜びが湧いてきました。長い年月をかけて制作をしたヤマザキマザック美術館での『記憶の花』の作品とは違い、私にとって非日常の花であったカトレヤを、どう私の日常の中に引き込むことができるか、すごく悩み考えました。まず18鉢の花々を自分の部屋で育て日々観察から始めました。

鈴木:自分で選んで買ったんですか?

藤原:もちろん自分でも買いましたが、茨城や沖縄の農園の方々が応援しプレゼントをしてくれました。テーマパークで咲く花を訪問者の視線で撮るのではなく、どれだけ日常の中で私が日々感じたカトレヤを現すことができるか、がひとつのテーマでもありました。

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藤原:エスカレーターを3階フロアで降りた先の展示、これは沖縄の自然の中で咲くカトレアを撮ったものです。

鈴木:これは効果として色を強調してますか。

藤原:はい、カトレヤの花は開花後少しずつ色が変わるのですが、ここまで大きく変化することはありません。写真作品としてあえて色の違いを強調しました。作品を囲むようにフェラガモ、プッチ、マルジェラなどのブティックがありますし、人の行き来があるデパートの中での展示なので、表裏どちらからも見える作品を制作し展示を考えました。

フォトグラフとドローイングの間で

藤原:3階と4階に設けられたウォールミュージアムの展示は、全面的に私が監修しています。この作品ではヤマザキマザック美術館での展示と同じように、江戸時代の画家たちがやったたらし込み技法をイメージしています。

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鈴木:この作品はポラロイドで撮影してますか。

藤原:いえ、ポラロイドではなくデジタルで撮ったものを、色が定着しにくい紙にプリントをして、ちょっと色が流れている状態のときに手を入れています。場合によってはそこに絵の具を入れたりもします。

鈴木:その定着に時間がかかる状態であらわれる効果を琳派のたらし込みになぞらえてみたりするわけですね。

藤原:ヤマザキマザック美術館の展示では記憶がだんだんと薄れていくことを表現するために剥離という技法を使ったのですが、今回の場合は記憶が剥離するほど撮影から時間が経っていません。やっぱり制作の中で自分に対して嘘をつけないので剥離はしませんでした。

藤原:反対側にもウォールミュージアムがあるので、そこへもお客様の視線が向くように、大きめの作品を目立つように置きました。

鈴木:これはどうやって加工を?

藤原:フォトショップのペイントブラシを使っています。ちょうどカトレヤの花が少なく撮影ができない時期に制作をしていたため、作品がどんどん絵画的になってゆきました。

鈴木:ほとんどドローイングですね。

藤原:そうなんです。撮影をしたいのに被写体がないという事態に遭遇し、もどかしい気持ちを抱えながらも制作を続けることで、新しい作品が生まれました。また今回の展示には、作品ごとにライティングをかえて、壁面にも色を添えています。

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藤原:左は那覇の道端で撮ったカトレヤで、右は温室で育ったカトレヤです。カトレヤは花びらのキラキラした輝きが特徴のひとつなので、日の出から夕方まで毎日約15kmを歩きロケハンをして、その瞬間を狙いました。2つを比較する展示をはじめから考えていたので、野生のカトレヤの奥が影で暗くなっているのに合わせ、温室のカトレヤは花びらのテクスチャーを表現しつつバックが暗くなるライティングを作り込み、撮影をしました。

鈴木:スタジオ勤務の経験からさすがライティングは巧みですね。温室の方が優しい表情ですね。

藤原:最後のウォールミュージアムの赤い花も、自然光で撮ったカトレヤです。

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鈴木:これもストレートなの?    いやもう、ストレートフォトで十分ですね。

藤原:実は私もそう思いました。このタイプの写真は、フラッグや地下のショーウィンドウで使っている写真のイメージに近いですね。今回の制作パターンは、主にストレートフォトとプリント後に手をいれたものの2パターンになります。

鈴木さんとの対談で興味深い制作の裏話が続々と出てきました。フォトグラファーとして培ってきた技法や技術を存分に活用しつつ、「自分に嘘はつけない」と使用する技法をあえて制限するところに、藤原さんの表現者としての誠実さを感じました。後編ではそんな藤原さんのバックグラウンドに迫ります。


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藤原更
美術家

清里フォトアートミュージアムに作品所蔵後、フランスでの企画展をきっかけに、アートの世界へ。流気体や液体そして植物など、うつろう被写体を中心に平面・インスタレーション・ムービーをはじめ、特に写真に特化した作品を制作する。さまざまな事象のうつろいや物理的な存在の本質を、作家に刻みこまれた記憶を辿りながらフレームに落とし込む。2007年より手がける『花三部作』は、招待作家として参加したフランスのフォトフェスティバルPhotofoliesにおいて布をつかった大規模インスタレーションがギャラリーの庭園を飾り大きな話題に。また2025年に行われた松坂屋名古屋店とのプロジェクトでは、アートとファッションのコラボレーションを成功させる。近年の個展に出版記念展「記憶の花」(ふげん社、東京、2025)、「記憶の花」(ヤマザキマザック美術館、愛知、2024)、「Melting Petals」出版記念展(森岡書店、東京、2022)(Margin Gallery、東京、2022)(Gallery 176、大阪2022)(Space 18、名古屋、2022)、「Sarah Fujiwara Exhibition」(Gallery Noivoi、国際芸術祭「あいち2022」 パートナーシップ事業)、「Melting Petals」(ARTIFACT, ニューヨーク, 2020)など多数。


Information

■藤原更『記憶の花』
著者:藤原更
造本設計:町口覚
寄稿:鈴木潔(美術史家)、飯沢耕太郎(写真評論家)、坂上しのぶ(ヤマザキマザック美術館学芸員)
発行:スタンダードワークス
発売:ふげん社    https://fugensha-shop.stores.jp/items/67c7ff33871146c2274f4a71
発行日:2025年3月21日
サイズ:B5判、68ページ

<好評を博したヤマザキマザック美術館(名古屋) の個展を作品集化>
愛知県津島市に生まれ、写真表現の可能性を拡張するような様々な技法やメディアを駆使した作品を制作し、国内外で作品発表を重ねる現代美術家・藤原更(ふじわら・さら)。 本書は、2024年4月にヤマザキマザック美術館で開催された同名の展覧会を、アーカイブした作品集であり、蓮、薔薇、芥子をモチーフにした代表作・花三部作を網羅します。鈴木潔(美術史家)、飯沢耕太郎(写真評論家)、坂上しのぶ(ヤマザキマザック美術館 学芸員)が文章を寄せています。 展覧会場が蘇るような、大胆で優雅な町口覚氏による造本も、合わせてお楽しみいただければ幸いです。
収録作品(全30作品    2006-2024年)
発売元 ふげん社 ウェブサイトより

■『記憶の花』出版記念トークイベント/ヤマザキマザック美術館
日時:2025年5月30日(金)18:05-18:50 (受付17:50-)
会場:ヤマザキマザック美術館5階展示室
愛知県名古屋市東区葵1丁目19-30    TEL 052-937-3737
登壇者:藤原更(現代美術家)、坂上しのぶ(ヤマザキマザック美術館学芸員)
費用:無料*要当日鑑賞券
お申し込み:ビジュツヘンシュウブ。先行受付はメッセージにて。
一般    5月21日より電話にてヤマザキマザック美術館まで

https://www.mazak-art.com/index.cgi?mode=news_view&key=78636650171&submode=news&lang=

作品集『記憶の花』©︎Saloje.jpg 878.98 KB作品集『記憶の花』©︎Saloje

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鈴木芳雄
編集者/美術ジャーナリスト・合同会社美術通信社代表

1958年生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。82年、マガジンハウス入社。ポパイ、アンアン、リラックス編集部などを経て、ブルータス副編集長を約10年間務めた。担当した特集に「奈良美智、村上隆は世界言語だ!」「杉本博司を知っていますか?」「若冲を見たか?」「国宝って何?」「緊急特集 井上雄彦」など。現在は雑誌、書籍、ウェブへの美術関連記事の執筆や編集、展覧会の企画や広報を手がけている。美術を軸にした企業戦略のコンサルティングなども。共編著に『村上隆のスーパーフラット・コレクション』『光琳ART 光琳と現代美術』『チームラボって、何者?』など。明治学院大学、愛知県立芸術大学非常勤講師。